「未来を拓くイノベーションTOKYOプロジェクト」が後押し。アストロスケールの“宇宙版交通インフラ”が「ごみだらけの宇宙」を救う
- 東京都が展開する「未来を拓くイノベーションTOKYOプロジェクト」は、都内ベンチャー・中小企業等が事業会社等とのオープンイノベーションによって取り組む革新的な製品・サービスの開発、改良、実証実験及び販路開拓を行うために必要な経費の一部を東京都が補助するとともに、事業化に向けたハンズオン支援を行う事業だ。
- 本事業に2019年に採択されたアストロスケールは、スペースデブリ(宇宙ごみ)の除去技術を開発し、パイオニアとして世界から注目されている。実証実験を重ね、数年以内のサービスインを目指す同社に、同プロジェクトの支援によって精度を上げた技術とその展望を聞いた。
- 危機感が高まる、宇宙の“交通事故”
- 一昔前まで夢物語として語られていた「宇宙ビジネス」が、近年現実味を帯びてきた。数千機の衛星で構築されたSpaceXの高速インターネットサービス「Starlink」が日本にも上陸し、宇宙ビジネスの恩恵を個人も受けられるようになった。
- 一方、課題もある。故障したり、役目を終えたりした衛星やロケットの上段、それらから発生した破片が「スペースデブリ」となって宇宙空間を漂い続けている。09年には、運用中の衛星とデブリが衝突する事故が発生し、危機感が高まった。
- 衛星の急増により、22年にはデブリとのニアミスが前年の3倍にあたる月間約6,000回に上った。宇宙で衝突事故が起きれば一度に数千個のデブリが発生する。最悪の場合は、衝突で発生したデブリがさらに別の衛星に衝突する連鎖が起きて、宇宙空間を使えなくなることが危惧される。
- この「スペースデブリ問題」は、各国政府や国際機関も喫緊の課題として取り上げている。19年6月には、国連でスペースデブリの低減を目的としたガイドラインが全会一致で採択された。米国は使い終えた衛星は25年以内に廃棄する規則が設けていたが、連邦通信委員会は処理期間を大幅に短縮し、5年以内の廃棄を義務付けることを22年9月に発表した。無限に広がっているように思える宇宙にも限りがある。不要な衛星を軌道上に何十年も放置しておくことは、もはや不可能になりつつあるのだ。
- こうした状況のなか、スペースデブリの回収技術を開発する日本発のスタートアップ、アストロスケールが世界から脚光を浴びている。
- デブリの回収を実現させるには、技術の開発や国際的なルールの形成が求められるうえに、ビジネスモデルを構築するハードルも高いことから、アストロスケールホールディングスが創業した13年当時は厳しい目線が向けられていた。
- しかし、21年にデブリ除去を実証する衛星を世界に先駆けて打ち上げたことで、その立ち位置を大きく変える。同年11月には国内の宇宙ベンチャーとしては最大規模の資金を調達。現在は東京、米国、イギリス、イスラエル、シンガポールに拠点を置き、イギリス宇宙局からも資金提供を受けるなど、スタートアップながら業界を牽引する企業となった。
- 民間初、スペースデブリ除去技術の実証に成功
- 「デブリ除去技術を実証する民間初の衛星『ELSA-d』については、技術的な手応えを感じています。未知の世界だったゆえに、なにが技術的に可能で、なにが課題かを把握できたこと自体、意義があるのです」
- そう語るのは、アストロスケールホールディングスの日本子会社で人工衛星の製造・開発を行う、アストロスケールの上級副社長の伊藤美樹だ。アストロスケールは、「未来を拓くイノベーションTOKYOプロジェクト」の採択後、東京都の支援を受けながらデブリ除去技術の開発に挑んだ。
- 一般的な衛星は、通信をしたり、地上の状態を観測したりするために、運用中にあまり複雑な動きは必要とされない。しかし、アストロスケールが2021年3月に打ち上げた「ELSA-d」の開発や運用には、これまでにない難しさがあったという。
- 「我々の衛星は、従来の衛星とは真逆のことをしているんです。つまり、回収対象となるデブリの周りをグルグルと動き回ってデブリの動きを観察し、捕獲します。まさに衛星の概念を覆すような取り組みです」
- ELSA-dは「捕獲衛星」と「模擬デブリ」で構成されている。21年から22年にかけて、捕獲、姿勢制御、遠距離からの誘導接近などの実証に成功した。
- 「離れたところからだとデブリは星のように見えます。カメラでどれが星で、どれがデブリなのか自律的に識別して、ターゲットのデブリに近づいていきます」
- アストロスケールのデブリ回収衛星の特徴は、捕獲の方法にある。
- 「磁石が付いた『ドッキングプレート』を今後打ち上げる衛星にあらかじめ取り付けておくことで、寿命が来たり故障してデブリになっても、回収衛星が近づいて磁石の力で捕獲する仕組みです」
- このドッキングプレートは、ソフトバンクグループが出資していることで知られる衛星通信事業者OneWebの衛星にも組み込まれていて、すでに宇宙に打ち上げられ始めている。アストロスケールでは、24年以降に予定しているミッションを皮切りに、本格的なサービスの提供を開始する計画だ。
- 宇宙のロードサービスまで担う
- では、軌道上にすでにあるドッキングプレートが取り付けられていないデブリは、どのように回収すればいいのか。アストロスケールは、軌道上にある衝突危険度が高い大型のデブリを回収する技術を開発中だ。
- その第一段階として、衛星「ADRAS-J」を23年に打ち上げ、軌道に残っている日本のロケットの上段に近づいて状態を撮影する。
- 「地上からだとデブリの位置は把握できても、表面状態など細部まではわからないんです。映像はより詳細な情報をくれるので、撮影に成功すれば宇宙技術がかなり進歩するでしょう。」
- アストロスケールは23年5月に創業10周年を迎える。創業当初と比べると、宇宙スタートアップや新規事業で宇宙開発に取り組む企業が増え、宇宙業界に注目が集まっていることを伊藤も感じているという。こうした市場の変化に沿って、アストロスケールは事業構想を大きくアップデートした。
- 「アストロスケールは一貫してデブリを捕まえる事業に取り組んできました。しかし、宇宙空間を利用するプレイヤーが増えている状況を踏まえると、地上には当たり前のようにある交通インフラやロードサービスの宇宙版を作るところまでやらないと持続可能にはなりません。新しい衛星がどんどん打ち上がるので、リユースとリサイクルが宇宙でも必要だと気が付きました」
- スペースデブリの除去サービスに加えて、燃料が不足して動かなくなった衛星を牽引して軌道維持などをサポートするサービス「Life Extension(LEX)」と、故障した衛星などの物体に接近して点検するサービス「In-Situ Space Situational Awareness (ISSA)」が提供予定のラインナップに加わった。
- 「『未来を拓くイノベーションTOKYOプロジェクト』は弊社の事業の取り組みに対して、幅広くご支援をいただける枠組みでしたので、このように将来につながる技術開発になったと思っています」
- さらに、同プロジェクトに採択されたことは、スペースデブリ問題の認知度向上に繋がった点でも意義が大きかったという。
- 「採択していただいたことで、多くの方の目に触れるようになり、スペースデブリ問題を意識していただける機会となりました。宇宙がごみだらけだとどんな影響があるのか。これは本当に伝わりづらい。影響を知っていただくと、私たちを含め宇宙を使う企業や組織の社会的な責任が大きくなります。その結果、宇宙環境を使い続けられ、未来の世代に宇宙空間を受け継ぐことにつながります」
- 大規模な衛星コンステレーション(多数の人工衛星群によるシステム。GPSなど)の登場や民間の衛星事業者の急増により、宇宙環境は悪化の一途を辿っていたが、持続可能な利用への道が見え始めてきた。
伊藤美樹◎日本大学大学院航空宇宙工学修士課程(博士前期課程)修了。次世代宇宙システム技術研究組合にて内閣府最先端研究開発支援プログラムである超小型衛星「ほどよし超小型衛星プロジェクト(通称)」の開発プロジェクトに携わり、「ほどよし3号」「ほどよし4号」の開発に従事する。2015年4月アストロスケール日本に入社、同社代表取締役に就任。エンジニア業務も兼任し、デブリ除去衛星実証機、「ELSA-d」の開発などにも取り組んだ。