スペシャルインタビュー

「未来を拓くイノベーションTOKYOプロジェクト」で躍進! iPS細胞由来の再生医療が世界中の心不全患者を救う

東京都が展開する「未来を拓くイノベーションTOKYOプロジェクト」は都内ベンチャー・中小企業等が、事業会社等とのオープンイノベーションにより事業化する製品等の開発、改良、実証実験及び販路開拓を行うために必要な経費の一部を東京都が補助するとともに、事業化に向けたハンズオン支援を行う事業だ。
同プロジェクトで2021年度に採択されたHeartseedは、重症心不全患者に対するiPS細胞を用いた再生医療の治療法開発に取り組んでいる。すでに国内では開発品の治験が開始され、国内薬事承認へ向けて順調に成果をあげている。同事業の今後の展望について、代表取締役CEOの福田恵一に話を聞いた。
iPS細胞によって加速する心臓組織の再生医療
2006年に現・京都大学iPS細胞研究所名誉所長の山中伸弥教授の研究によって誕生したiPS細胞は、これまでも再生医療分野の進歩に大きく貢献してきた。近年では大学発ベンチャーによる新規治療法開発や創薬も活発になってきており、そのパイオニアとも言える存在が、慶應義塾大学医学部教授であった福田恵一が立ち上げたHeartseed。同社が取り組むのは、iPS細胞を用いた重症心不全の治療法開発だ。
「心不全は、心筋梗塞などによって心臓の組織が壊死を起こしてしまうことにより、心臓のポンプ機能が低下してしまう病気です。患者数は日本で約130万人、世界には約6,500万人いると言われています。心臓の筋肉は一度失われてしまうと再生しないため、これまで重症心不全に対する治療手段は心臓移植以外にありませんでした。ただしドナー数は限られており、日本では年間50〜100人ほどしか心臓移植を実施できないのが実態です」
こうした課題に対して福田は、iPS細胞からつくった心臓の組織を移植する再生医療の研究を続けてきた。後発企業による研究も盛り上がっている分野だが、すでに国内での治験が開始されている開発品〈HS-001〉は世界からも注目を集めている。
「治験開始時から、国際学術誌のNature Medicineが“世界で初めて心臓の筋肉にiPS細胞由来の心筋細胞を移植する治療が始まったこと”を報じてくれました。アメリカやヨーロッパでも実現できていないことですから、紛れもなく快挙です。
ただ、ここに至るまでには、iPS細胞を短期間で作製する方法や、心不全の治療に必要な心室筋を効率的に作製する方法の確立といった、いくつかの難題もありました。特に、移植したiPS細胞が未分化細胞として残ってしまい、がん化する可能性を避けるために、高純度の心筋細胞を作製することに注力した点が〈HS-001〉の大きな特徴です」
難関だった製造プロセスと保存・輸送技術の開発
心筋細胞を1000個凝集し、球状に加工してできた心筋球。これを注射器で心臓に直接移植することで、細胞が成長し、拍動の改善などの効果が期待できるという。
〈HS-001〉は通常の医薬品と異なり、生きた細胞が製品となる。その細胞の数は5,000万個〜1億5,000万個だというが、これは他の再生医療製品と比べても圧倒的に多い数だ。そのため、純度の高い細胞を効率よく作る方法の確立する必要があり、実現までには当然多くの苦労があった。
「最初は大学の研究室レベルで開発してきた治療法ですが、実際に製造方法を確立するためには自分たちで工場を作って製造するか、あるいは製造会社に委託して作ってもらう必要がありました。私たちは後者を選びましたが、これには製造管理や品質管理を保証する“GMP”という厳しい基準を通過しなければいけません。まずはこの検証の段階で、『未来を拓くイノベーションTOKYOプロジェクト』の補助金を活用させていただきました」
そして、できあがった製品を日本国内全域、あるいは国外へと普及させるため、保存・輸送技術を開発することが産業化へ移行するための最後の関門となる。
「心筋細胞を一度凍らせて保存・輸送し、送り届けられた医療現場で再び溶かして体内に移植する方法もあるわけですが、これでは常温に戻す過程で多くの細胞が死滅してしまう可能性が高い。私たちの研究では移植方法の効率化のために“心筋球”という約1,000個の心筋細胞を球状の塊にしたものを作製しており、実はこれが保存の際にも利点になっているのです。
細胞同士が塊でいると、一つひとつの細胞は隙間なくくっつくのではなく自分の居場所を維持するために細胞外マトリクスというものを分泌し、これが細胞の状態を安定化させる働きをします。そうした働きを生かしながら、保存・輸送方法を確立するために何度も心筋球の作製を繰り返して基礎データを積み上げてきました。〈HS-001〉を全国の患者様にお届けできるように研究を進めております」
Heartseed代表取締役CEOの福田恵一
もともと、福田が心不全の治療法開発に取り組み始めたきっかけは、20代の頃の経験にあったという。
「自分とほとんど同じ歳の患者さんが、拡張型心筋症という病気を患っていました。しかし、その当時は心臓移植もできず、有効な治療法がないまま、ただただ見ているしかなかった。それ以来、心臓移植に代わる心不全の新しい治療法を開発することが自分の使命と思って研究を続けてきたのです」
大学の研究から始まり実際の医療現場で流通するところまでスケールしていくためには、いくつもの課題やステージを越えていくパワーが必要だ。そこには技術力だけではどうにもならない、資金力も必要になってくる。
「私たちのようなバイオベンチャーにおいては最初にある程度の資金投資をしないと、中途半端な成果しか挙げられず、製品化するに至らないといった結果になってしまう恐れがあった。だからこそ、こうした公的なサポートがあることはとても重要だと思います。アカデミアの研究が社会実装されることによって、患者さんの治療に役立つのは当然のことながら、それに加えて大学で研究している若い研究者に対しても希望を与えられるんじゃないかと思っています」
福田の言葉の端々からは、後進の存在を勇気づけたいという思いの強さがうかがえる。
「最先端の製品を世界に提供して人の命を救う。研究を突き詰めていけば、大きな可能性を見いだせるといった希望を改めて若い人たちに示し、背中を押してあげることも大事だと考えています。それがHeartseedの使命のひとつです」
グローバル製薬会社との協業により、事業は世界へ
「世界」という言葉も出たが、Heartseedが見据えるのはまさしく、開発した製品を世界中の心不全患者に届けること。しかし、これには輸送技術以外にも大きな課題が立ちはだかる。それは、世界各地への供給網の確保だ。協業パートナーには日本の製薬会社も候補に挙がったが、アメリカやヨーロッパなど、届けられる範囲が限られていることがネックだった。
そこで福田とCOOを務める安井季久央は、世界のベストテンに名を連ねる製薬会社数社と面談の約束を取り付け、製品の特異性を伝えるプレゼンテーションを行った。その結果、良い感触を得たのが、デンマークの企業「ノボ ノルディスク」だ。糖尿病治療のインスリン製剤で世界的なシェアを獲得しており、約170カ国に製品を販売している。細胞治療に関するノウハウに加えて、資金力の潤沢さと、供給網の広さが決め手となった。
「世界中で大規模な臨床試験を実施でき、ポジティブな結果が得られた場合には一斉に供給できる。ノボ ノルディスクと協業することで、最短距離で世界中に届けることができるのは大きなメリットだと考えています」
前述した通り世界には6,500万人の心不全患者が存在すると言われており、心不全を含む心臓病はアメリカやヨーロッパなどではがんを越えて死因の1位になっている国も多い。
「責任はとても大きいですが、一歩一歩着実に歩みを進めながら、世界の心臓病患者の人たちに新しい治療法を届けたい。その目標に向かうにあたって、こうしたプロジェクトでの支援は本当に貴重ですし、世界の人々を救うことで恩返しできればと思っています」
iPS細胞を用いた再生医療技術は、日本から世界へと飛び出しつつある。その最先端を走るHeartseedの功績が、今後の医療業界をけん引するブレイクスルーになることを期待したい。

福田恵一(ふくだ・けいいち)◎Heartseed株式会社、代表取締役CEO。慶應義塾大学大学院医学研究科(循環器内科学)修了。1992年米国ハーバード大学留学、94年米国ミシガン大学留学を経て、帰国後に慶應義塾大学医学部助手・講師として勤務。05年慶應義塾大学医学部 再生医学教授、10年に同医学部 循環器内科教授に就任。2015年にHeartseed株式会社を設立した。