スペシャルインタビュー

「未来を拓くイノベーションTOKYOプロジェクト」が支援!革新的AIエッジデバイスが描く無限の可能性

東京都が展開する「未来を拓くイノベーションTOKYOプロジェクト」は都内ベンチャー・中小企業等が、事業会社等とのオープンイノベーションにより事業化する製品等の開発、改良、実証実験及び販路開拓を行うために必要な経費の一部を東京都が補助するとともに、事業化に向けたハンズオン支援を行う事業だ。
フラッシュメモリのIPコアを開発する半導体開発企業のフローディアは、2021年度に本事業に採択された。テーマは「革新的AIエッジデバイスを実現するCIM技術の開発」。半導体産業が過熱する中、CIM(コンピューティング・イン・メモリ)技術が実現する未来について同社に話を聞いた。
これからの時代に不可欠な“自ら考える”CIMメモリ
今年2月、熊本に台湾の大手半導体メーカーTSMCの工場が開所され話題となったほか、米大手の画像処理半導体(GPU)メーカーNVIDIAが時価総額2兆ドルを超えるなど、現在、半導体ビジネスは隆盛を極めている。近年話題の生成系AIにおいてもその演算処理のために半導体は不可欠であり、その研究・開発は日進月歩の速さで進められている。
こうしたなか、フローディアは「未来を拓くイノベーションTOKYOプロジェクト」の採択プロジェクトとして、「革新的AIエッジデバイスを実現するCIM技術の開発」を進めている。CIM(コンピュート・イン・メモリ)とは半導体メモリ自体が演算処理を果たす技術であり、従来のサーバーを介したAI活用と比べて高速かつ低電力、また高いセキュリティを実現できるとして注目を集めている。
「未来を拓くイノベーションTOKYOプロジェクト」に採択された事業で開発しているCIMチップ
これまでの半導体は二進法によるデータを扱うデジタル書き込みが採用されており、複雑な演算処理を行うためには膨大な量の半導体チップを集積する必要があった。そのため、AIによる計算処理はサイズや消費電力といった技術的な問題から、ネットワークを通じてサーバーが行っている。現在、AI機能搭載とされるエッジデバイス(端末)はサーバーへとデータを送信し、サーバー側で計算した結果をエッジデバイスに返すことで、それぞれの機能を果たす。いわば、複雑な計算や指示は遠隔地にある司令塔が担っており、エンドユーザーの手元にあるエッジデバイスは司令塔からの指示を受けて、さも自らが考えたように振る舞うプレイヤーといえる。
一方でフローディアが研究・開発を進めるCIM技術では、メモリセルへの連続的で精度の良いアナログデータの書き込み、長期保存を実現することで、半導体メモリ自体が複雑な演算処理を行うことが可能となる。つまり、旧来の半導体メモリと違って、半導体チップが“自分で複雑な物事を計算し考える”ことができるのだ。この半導体チップを搭載したエッジデバイスとして、例えば自動車であれば状況認識やその対応策を自動車(に搭載されたAI)がスタンドアローンで行うことによって、完全自動運転を実現する。
「AIによる完全自動運転には、莫大な電力消費や走行中の通信遮断といった課題があります。こうした問題を解決するためには、自ら高度な計算・判断を行えるCIMメモリが必要不可欠です。この技術を確立して社会実装することで、サーバーから完全に独立したAIが普及する世界を作りたいのです」(フローディア代表取締役CEO・奥山幸祐)
フローディア代表取締役社長CEO 奥山幸祐
ネットワークを介さずにエッジデバイス自らが考えて実行できれば、演算処理の高速化はもちろんのこと、データのやり取りが不要になることでセキュリティの強化につながる。さらに、AI技術の台頭によって近年問題視されているサーバーやデータセンターの膨大な電力消費も大幅に削減されることとなる。奥山は「将来的には全世界の消費電力のうち三分の一がAI計算のために使われるとも言われており、CIM技術が確立できないと環境への負荷も非常に大きい。CIMメモリが実現できれば、今のGPUが消費する1000分の1の電力で同じ機能を果たせるようになるはず」と話す。
また、災害などによって通信や電力といったインフラが機能停止をした場合でも、消費電力が少なく自律したAIエッジデバイスであれば通常通りに稼働することが可能だ。CIM技術は、自動運転や自律型ロボットをはじめ、多種多様なIoT機器におけるAI活用につながることが期待されている。
業界で初めてメモリのアナログ化を実証
フローディアは日立製作所をへて、半導体大手企業であるルネサスエレクトロニクス出身のメンバー7人が2011年に創設したスタートアップ企業だ。創業時メンバーの平均年齢は約55歳。その年齢比率はスタートアップ・ベンチャーとしては高いといえるが、長年にわたって不揮発性メモリ(フラッシュメモリなど、外部からの給電がなくても記憶内容を維持することができる半導体メモリ)の研究・開発に携わってきた高い専門知識や技術が強みとなっている。
現在も不揮発性メモリの設計・開発やコンサルティング事業を行う一方で、独自でCIM技術の研究開発を続けてきた。売り上げに直結しづらい研究開発にも力を注いできた背景には、奥山の「不揮発性メモリを使って、人工知能を作れるはず」という想いがある。子どもの頃から好きだった『鉄腕アトム』に憧れ、自ら考えて人のために役立とうとする電子頭脳をもったロボットや電子機器を作りたいと、17年からCIMメモリの研究開発に着手。研究を進める中で、19年には大きな壁であったメモリのアナログ化を実現できるとする検証結果を得られた。
その後もシミュレーションソフト上でCIM技術の高度化といった研究を進めるも、実証実験のための半導体製造ラインを確保することができず、1年近く研究・開発が停滞することとなった。先述の通り、半導体の研究開発、製造は全世界的なトレンドであり、当然ながら製造ラインの確保は困難を極める。資金力や後ろ盾も潤沢でないスタートアップ企業であればなおさらだ。
しかし、21年度に「未来を拓くイノベーションTOKYOプロジェクト」に採択されたことで、テストチップの製造ラインを確保することができ、加えて、設備投資によって社内にテストチップの評価環境構築も実現した。
フローディアの掲げる「革新的AIエッジデバイスを実現するCIM技術の開発」が採択された理由について、本プロジェクトの開発責任者を務める取締役の谷口泰弘は、次のように振り返る。
フローディア取締役 谷口泰弘
「メモリを使って高度な演算処理を行うアナログコンピューティングというコンセプトは、かねてから大学などでも研究が続けられてきましたが、産業応用に近いところまで実証することはどこもできていませんでした。しかし、フローディアがメモリのアナログ化を実証して見せたことが大きかったのだと思います」(谷口)
CIMメモリの進化が、夢物語を現実に変える
現在、「未来を拓くイノベーションTOKYOプロジェクト」を活用することで、開発の第1段階となるCIMチップの実証実験および試作デモまで進むことができた。今後は、開発の第2段階として、CIMチップをソフトウェアメーカーに提供することで、AI機能開発や実装を進める予定だ。目下、カメラやドローンによる画像解析への活用が見込まれており、国内企業からは交通監視システムや製造現場における不良品検査といった用途での打診も受けているという。
開発の第3段階では、現在は平面であるCIMメモリの3次元化を目指す。よりコンパクトで高い演算処理能力をもったCIMメモリによって、メモリだけで生成系AI機能を実現するレベルに到達できるよう、日々研究・開発を続けている。
「AIが全世界に普及する中で、演算量やそこで消費される電力は莫大なものとなっています。ソフトウェアの開発者たちもさまざまな研究・開発を進めていますが、我々はハードウェアから解決の糸口を探っています。高い演算能力をもったメモリをつくることができれば、人間の脳が行うレベルの複雑な処理もアナログで実行できるかもしれない。そうすれば社会実装の幅も大きく広がり、今まで実現できなかった“機械が自ら考える”世界にすら近づけるはずです」(谷口)
「現在、プロジェクトで試作したCIMメモリはアナログとデジタルを併用※したものであり、我々が本来想定していた性能の10分の1程度にとどまっています。今後も研究を進めていき、完全アナログ化したCIMメモリの実現を目指しています。これが実現すれば、将来的には人間の脳の近いAI開発も可能になるはず。 (※デジタル書き込みでは、0or1のデータを扱う。一方、アナログ書き込みでは、連続的・複数のデータを扱うことができる。)
フローディアには技術を面白がってチャレンジをしていく人が集まっている会社なので、半導体研究に携わる世界中の技術者、特に若い世代の人たちとも対話をしながら、夢物語のようなことを現実化した世界をつくっていきたい」(奥山)
1980年代、日本は世界の半導体市場で50%以上のシェアを誇る“半導体大国”として知られていた。しかしその後、半導体産業のグローバル競争が過熱する中で、製品としてのシェアは大きく落とすこととなった。半導体再興が強く叫ばれる中で、フローディアの挑戦は続く。

奥山幸祐(おくやま・こうすけ)◎フローディア代表取締役社長CEOで創業メンバー。日立製作所やルネサス テクノロジ(現ルネサス エレクトロニクス)で、自動車エンジン制御用MCUとして、世界で初めてのSplit Gate 型 SONOS Flashの開発をリード。プロセスデバイス開発、信頼性解析の30年以上の経験を有し、現在主流となっているSplit Gate 型 Flashで用いられているソースサイド・インジェクション現象の発見者でもある。

谷口泰弘(たにぐち・やすひろ)◎フローディア取締役CTOで創業メンバー。同社の技術開発リーダーとして特許の創出を主導。日立製作所、ルネサス テクノロジのスタックド NORやSONOS技術の開発を担当し、組込型Flash搭載MCUの開発に従事。スマートカード用MCU事業で世界のトップメーカに育成することに成功。